ログイン町外れの小さな家に、ミユという女の子が住んでいた。冬が来るたびに、ミユはおじいちゃんと一緒に庭で雪だるまを作った。丸めた雪を重ね、木の枝で腕をつけ、石ころで目と口を作る。仕上げに、おじいちゃんが自分の首から外した焦げ茶色のマフラーを、雪だるまの首に巻いてやる。それが二人だけの、毎年の約束だった。「いいか、ミユ。雪だるまはな、ただの雪じゃないんだぞ」 おじいちゃんはマフラーの結び目をきゅっと締めながら、いつもそう言って笑った。 「心を込めて作れば、ちゃんと応えてくれる」ミユが六歳になった年の冬、おじいちゃんは静かに眠るように旅立った。棺の中のおじいちゃんは、あのマフラーを巻いていなかった。ミユはそれをこっそり形見にもらい、簞笥の奥にしまい込んだ。その年の初雪の朝、ミユは一人で庭に出た。悲しくて、雪だるまなんて作る気になれなかった。けれど、気がつくと手は勝手に雪を丸めていた。下から大きく、真ん中を少し小さく、頭はいちばん小さく。そして家に駆け戻り、簞笥の奥からマフラーを取り出して、震える手で雪だるまの首に巻いた。結び目を締めた瞬間、雪だるまがふわりと動いた。「泣くな、ミユ」低くて、優しい、忘れられない声。「お、おじいちゃん……?」雪だるまは答える代わりに、ゆっくりと右腕の枝を持ち上げてみせた。まるで、大丈夫だよ、と言うように。それから毎年、初雪の日にミユは雪だるまを作り、簞笥からマフラーを出してきて首に巻いた。マフラーを巻いた瞬間だけ、雪だるまは動き、話した。十歳の冬、自転車の練習でひどく転んで、膝から血を出して庭に座り込んでいたミユに、雪だるまは言った。 「立て。今日立たなきゃ、明日も立てなくなる」 ミユは泣きながら自転車にまたがり、日が暮れるまで転び続けた。十四歳の冬、初めて好きになった人にふられて、口も利かずに雪の中に突っ立っていたミユに、雪だるまはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。 「今は、世界が終わったみたいだろう」 「うん」 「でもな。雪は、また降る」 それだけだった。それだけで、ミユは声を上げて泣いた。十八歳の冬には、雪だるまの言葉はずいぶん少なくなっていた。何を聞いても、 「お前ならもう、わかるだろう」 とだけ答えて、あとは雪の庭に静かに佇んでいる時間が増えた。マフラーの色も、少しずつ色褪せて見えた。二十歳の冬。大学の合
春が訪れたことを知らせるように、やわらかな風が町を吹き抜けていた。桜のつぼみはほころびはじめ、通学路にはうっすらと花びらのじゅうたんができている。そんなある日の午後、町はずれの小さな公園に、一人のおばあちゃんがちょこんと腰を下ろしていた。 ベンチは木製で、少し古びていた。座るたびにギシリと音を立てるけれど、おばあちゃんにとってはそれさえも懐かしい。毎週火曜日の午後、この公園に来てのんびり過ごすのが、長年の日課になっていた。手には、風呂敷に包まれたお弁当。中身は、自分で握ったおにぎりが二つ。それと、ぬか漬けを少し。今日の具は、昔から変わらない梅干しとツナマヨだ。 おばあちゃんの名は、さと子。七十をとうに越えているが、背筋はしゃんとしていて、白髪をきれいにまとめている。着ているのは淡いピンクのカーディガンと紺のスカート。春の日差しの中で、どこか柔らかな光をまとっているように見えた。そのときだった。 ベンチの前の砂利道を、ランドセルを背負った男の子がトボトボと歩いてきた。靴は泥だらけで、肩は小さく落ちている。視線を足元に落としたまま、まるで世界に背を向けるようにして歩いていた。さと子はふと、その姿に目を留めた。「こんにちは」男の子はぴたりと足を止めた。驚いたように顔を上げると、おばあちゃんを見た。「……こんにちは」声は小さく、どこか元気がない。「学校帰りかい?」男の子は、こくりとうなずいた。「疲れた顔してるね。ちょっと、ここで休んでいかない?」さと子はにこやかにベンチの隣をぽんぽんと叩いた。男の子は少し迷うような様子を見せたが、ためらいがちにそっと腰を下ろした。ランドセルが、重そうに背中にのしかかっている。「名前、聞いてもいい?」「……はると」「はると君。いい名前ね。私はさと子っていうの。よろしく」
序章 遠い北の山奥に、百年の眠りについた姫がいるという噂があった。 姫を眠らせているのは、山頂の古城に住む一匹の竜。誰もが「恐ろしい怪物が姫を人質にしている」と信じていた。 だが、村の古老だけはこう語った。「あの竜の唸り声を聞いたことがあるか。あれは怒りではない、夜通し泣いているような声だ」 若者トビアスは、村を救う英雄になりたい一心で、剣を携えて山を登った。 城の最奥、玉座の間で、彼はついに竜と対峙する。竜は炎のような赤い瞳で若者を見つめたが、その瞳の奥には、怒りよりも深い何かが揺れていた。竜は低い声でこう言った。「お前もまた、剣を持ってきたのか」 その声には、うんざりしたような、それでいてどこか期待するような響きがあった──まるで、これまで訪れた誰もが同じ選択をしてきたことを、竜自身が一番よく知っているかのように。ここでトビアスの選択が、物語を三つの道に分ける。選択A:剣を抜く「英雄の道」 トビアスは迷わず剣を構えた。竜はそれを見て、なぜか安堵したように目を細め、それから抗うように炎を吐いた。 激しい戦いの末、若者は竜の急所を突き、竜は崩れ落ちる。「……ようやく、終わるのか」 竜はそう呟き、静かに息絶えた。その声には憎しみも恨みもなく、長い務めから解き放たれるような静けさだけがあった。同時に、玉座の間に光が満ち、姫がゆっくりと目を開ける。 村に戻ったトビアスは英雄として讃えられ、姫と結ばれた。だが彼は時折、竜の最期の声を思い出す。あれは敗者の声ではなかった──まるで誰かに終わらせてもらうのを、長い間待っていたかのような。祝宴の夜も、彼の心には小さな棘が残り続けた。〈英雄の勝利、しかし晴れきらない心〉選択B:対話を選ぶ「和解の道」トビアスは剣を鞘に収め、静かに問いかけた。 「なぜ姫を眠らせている?」竜は驚いたように長い首をかしげ、やがて語り始めた。 かつて竜は人間の魔法使いだった。姫の一族に裏切られ、呪いによって竜の姿に変えられてしまったのだ。姫を眠らせたのは復讐ではなく、姫の一族の魔法が解ける唯一の方法──姫が心から誰かを想うことでしか、自分にかけられた呪いも解けないと知ったからだった。「私はただ、誰かがここまで来て、話を聞いてくれるのを待っていた」 トビアスは竜のそばに座り、夜通し語り合った。翌朝、姫は自然に目を覚ました。
山あいの小さな町に、トビアスという時計職人が住んでいた。工房には歯車や針やねじが山と積まれ、油と木くずの匂いが染みついていた。トビアスは腕のいい職人だったが、それ以上に変わり者として知られていた。三日三晩、寝ずに時計を組み立てることがあったからだ。「眠らない時計職人」──町の人々は、親しみと少しの恐れを込めて彼をそう呼んだ。工房の向かいにはパン屋があり、そこの娘ミーラが、よく焼きたてのパンを届けに来た。「また徹夜?」ミーラは呆れながらも、いつもパンを二つ置いていった。「一つは今の分、一つは寝る前の分」「僕はいつ寝ればいいんだ」「知らないわよ、そんなの」そんな軽口を交わす仲だった。それだけの関係だと、トビアス自身も思っていた。ある嵐の晩、行商の老婆が工房の戸を叩いた。雨に濡れ、疲れ果てた様子だった。トビアスは彼女を招き入れ、暖炉の火であたためたスープを出した。老婆は一晩の礼にと、古びた懐中時計を差し出した。「持っていきなさい。お前には、いずれ要る」「これは何の時計です?」「使えば分かる。ただし、使う前に一つ覚えておおき。時計は嘘をつかない代わりに、値段の高いものを黙って寄越してくる」言葉の意味を問い返す間もなく、老婆は嵐の中へ消えていった。トビアスは半信半疑だったが、ある朝、試しに針を逆に回してみた。すると、工房の窓の外で舞い落ちていた木の葉が、宙でぴたりと止まった。時計は本物だった。それから幾度か、トビアスはこっそりとこの力を試した。落ちかけた棚を止め、割れかけた皿を止め、そのたびに小さな達成感を覚えた。だが力を使った翌朝、鏡の中の自分に白髪が一本増えていることに、彼は気づいていた。代償は、彼自身の時間だった。そしてある年の冬、トビアスはこの力を本気で使わねばならない夜を迎える。分岐点その冬、町は流行り病に見舞われていた。ミーラも床に伏せ、医者は「峠は今夜」とだけ言い残して帰っていった。同じ夜、隣町の大商人がトビアスの工房を訪ね、「わしを、この若さのまま止めてくれ。金なら望むだけ払う」と申し出た。老いと死をひどく恐れる男だった。さらに同じ夜、旅の学者が息を切らして工房に駆け込んできた。裏山の斜面に亀裂が入っている、明け方には崩れて町を飲み込むだろう、と。三つの声が、同じ夜、同じ工房の中でトビアスに迫った。手の中の時計
昔、貧しい村のはずれに、トビという名の少年が住んでいました。両親を早くに亡くし、たった一人で小さな小屋に暮らしていました。 その冬は、村始まって以来の寒さだと言われていました。薪はとうに尽き、パンを買う銅貨も残っていません。トビは震えながら、空っぽの戸棚を何度も開けては閉じました。このままでは、春を迎える前に凍えてしまう。そんな恐ろしい考えが、夜ごと頭から離れませんでした。 霧の深いある夕暮れ、トビは薪になりそうな枝でも落ちていないかと、村の外れの十字路まで歩いていきました。そこに、見たこともない黒い外套を着た商人が、まるで前から待っていたかのように立っていました。「坊や、何か売るものはないかね」 商人は低い声で言いました。トビは首を横に振りました。売れるものなど、もう何もありません。「そうかね……では、その足元にあるものはどうだ」 商人が指さしたのは、トビの影でした。「影を、売るんですか」「そうとも。影などなくても、腹は満たせるし、暖もとれる。その代わり、この金貨の袋をやろう」 商人は袋の口を緩め、中の金貨を月明かりにきらめかせて見せました。トビは唾を飲み込みました。影がなくなったら何か困るのだろうか──そう考えかけて、けれど今夜のひもじさと寒さの前では、その疑問はあまりに小さく思えました。「わかりました」 声はかすれていましたが、トビはそう言いました。商人はにやりと笑うと、トビの足元からすっと影を剥がすように取り上げ、外套の中にしまい込みました。そして霧の中へ溶けるように消えていきました。 その夜からトビの足元には、影がなくなりました。 最初のうちは、何も困ることはありませんでした。金貨のおかげで薪を買い、あたたかいスープを飲むことができました。むしろ、身体が少し軽くなったような気さえしました。 異変に気づいたのは、市場に出かけた朝のことでした。 いつものように八百屋のおかみさんに挨拶をすると、おかみさんはトビの足元にちらりと目をやり、それきり顔をこわばらせて
昔々、山奥の小さな村に、リリという名前の少女が住んでいました。リリは生まれつき足が不自由で、みんなのように走り回ることができませんでした。でも、彼女にはとても優しい心と、花を愛する気持ちがありました。村の人たちは皆親切でしたが、リリはいつも一人で家の庭で小さな花たちの世話をして過ごしていました。特に、庭の隅に咲く小さな青い花が彼女のお気に入りでした。その花は他の花よりもずっと小さくて、誰も気に留めない存在でしたが、リリはその花に「ほし」という名前をつけて、毎日話しかけていました。「おはよう、ほし。今日もきれいに咲いているね。私も頑張るから、あなたも頑張って咲いていてね。」ある夜、リリが眠っていると、窓の外から優しい光が差し込んできました。目を覚ますと、庭に美しい女性が立っていました。その女性は星のような輝きを身にまとい、微笑みながらリリに話しかけました。「リリちゃん、私は星の精です。あなたの優しい心と、小さな花への愛情を見ていました。あなたに一つ、魔法をかけてあげましょう。」星の精は手を伸ばし、リリの胸に温かい光を宿しました。「明日の朝、あなたの愛する小さな花を見てごらんなさい。そして、その花の名前を呼んでみてください。」翌朝、リリが庭に出ると、小さな青い花「ほし」が、昨日よりもずっと美しく輝いて見えました。リリが「ほし」と呼びかけると、不思議なことが起こりました。花びらが光り始め、その光がリリの足を包み込んだのです。すると、リリの足に力が戻り、立ち上がることができました。彼女は驚きと喜びで涙を流しながら、初めて自分の足で庭を歩き回りました。でも、一番驚いたのは次のことでした。リリが歩いた跡に、美しい花々が次々と咲き始めたのです。彼女の優しい心が、大地に花を咲かせる力となったのでした。村の人たちは、リリが歩くたびに咲く美しい花々を見て、とても驚きました。そして、リリの持つ特別な力に気づきました。それは足が速いことでも、力が強いことでもありません。他者を思いやり、小さなものも大切にする、純粋で優しい心の力でした。リリは村中を歩き回り、至る所に美しい花を咲かせました。病気の人のお見舞いに行けば、その人の心に希望の花が咲き、悲しんでいる人のそばを歩けば、慰めの花が咲きました。やがてリリの村は「花の村」と呼ばれるようになり、多くの人々が美しい花々を